書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

Yasuhiroさん
Yasuhiro
レビュアー:
「さよなら妖精」の鋭利でクールな女子高生太刀洗万智が10年後異国の地で直面する大事件を描き、報道の真の意義を問う、米澤穂信渾身の傑作長編小説。
  小説はあくまでもフィクションであるから、頭をこん棒で殴られるような衝撃を受けることは正直なところ滅多にない。この「王とサーカス」はそんな体験をさせてくれた、稀有な作品だ。

 いきなり個人的な話で恐縮だが、私の友人はネパールに「AMDAネパール子ども病院」を設立した。彼を尊敬していたし、その病院がネパールの乳幼児死亡率の減少に貢献していることを誇りに思っていた。
 しかし、この作品に登場するネパール貧民層の少年は言う。

「俺は言ったぞ。外国の連中が来て、この国の赤ん坊が死んでいく現実を書き立てた。そうしたら金が落ちてきて、赤ん坊が死ななくなったってな。」
「仕事もないのに、人間の数だけが増えたんだ。」
「増えた子どもたちが絨毯工場で働いていたら、またカメラを持ったやつが来て、こんな場所で働くのは悲惨だとわめきたてた。確かに悲惨だったさ。だから工場が止まった。それで兄貴は仕事をなくして、慣れない仕事をして死んだ」
「こっちが訊きたい。どうして憎まれないと思ったんだ?」


胸に一言一言が刃のように突き刺さる。しかし目を背けることはできない。では内容を見ていこう。

 「さよなら妖精」でマリヤ・ヨヴァノヴィチを喪ってから十年、フリーライターとなった太刀洗万智はネパールを訪れ、偶然王族殺害事件に遭遇し、取材活動を開始する。前半はカトマンズの情景描写と怪しげな投宿宿の宿泊人やその周囲の人物描写に費やされる。

 そして中盤に至り事態は大きく動き始める。内部情報を収集しようとして接近したネパール軍人は冷たくこう言い放つ。

「我々の国王が殺されたのだ。軍の恥だ。ネパールの恥だ。なぜそれを世界に向けて知らせなければならないのだ」
「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ。(中略)記事を読んだりした者はこう言うだろう、考えさせられた、と。そういう娯楽なのだ。」



 そういう誇り高き人間がその片方で悪に手を染めていないとは限らない。日本の常識が通用する国ではない。その軍人を巡って後半は物語が急展開する。太刀洗万智は大スクープを勝ち取ることができるのか、それとも世紀の大誤報を世界に発信することになるのか?

 結果は伏せておくが、続くベルーフシリーズ「真実の10メートル手前」でも彼女はフリー記者として、自分がどういう場所に立っているのかを確かめ続けていく。
 そして、私は私の友人を今でも誇りに思っている。真実の10メートル手前で手をこまねいてはいても。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
Yasuhiro
Yasuhiro さん本が好き!1級(書評数:513 件)

馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8

読んで楽しい:3票
素晴らしい洞察:2票
参考になる:19票
共感した:2票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『王とサーカス』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ